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札幌高等裁判所 昭和60年(ラ)50号 決定

抗告人

甲野花子

主文

原決定を取消す。

本件免責を許可する。

理由

一本件抗告の趣旨は、主文同旨の決定を求めるというのであり、本件抗告の理由は、別紙抗告の理由記載のとおりである。

二そこで、判断するに、本件記録によれば、抗告人は、昭和五六年九月ころから昭和五八年一一月ころまでの間にアクタス外二七名から多数回にわたつて借財をし、これらの債権者に対して合計金七四九万円の債務を負担して支払不能の状態に陥り、昭和五八年一二月一四日札幌地方裁判所室蘭支部に自己破産の申立てをし、昭和五九年一月二四日同支部において破産宣告を受け、同時に破産廃止の決定を受けたこと、抗告人は、前記債権者の一部から借財をするに当たり、既に他から借財又は保証債務の負担によりその返済が事実上不可能又は著しく困難となつていたにも拘らず、右事実を秘匿し、又は、他の業者からの借入れの有無について質問されたときに、「数店ある。」とだけ答えたり、黙秘したりして自己の弁済能力を偽つたこと、又左記の1ないし5の借入れ、6の債務保証については抗告人の夫の名義を無断借用していることが認められるので、抗告人には一応破産法三六六条ノ九第二号に該当する事由があるものといわなければならない。

1  昭和五七年九月頃、ビクタークレジットから(残金一一万三〇〇〇円)

2  昭和五八年七月頃、ビクタークレジットから(残金四五万円)

3  昭和五八年四月頃、ナショナルクレジットから(残金一九万二九〇〇円)

4  昭和五八年五月頃、ナショナルクレジットから(残金二三万五〇〇〇円)

5  昭和五八年一一月頃、ジャックスから(残金四五万三二五〇円)

6  昭和五八年一〇月頃、ナショナルクレジットから(残金四八万円)

しかしながら、抗告人がサラ金業者から借財するようになつたのは昭和五六年六月日本生命に保険外交員として勤めるようになつてからであり、抗告人は親戚や知人等僅かの者について保険加入の勧誘に成功しただけで、その後は保険契約を獲得できずに苦慮していたところ、当時の上司から保険料を立替払いすることによつて知人の名義を借用して保険契約を締結することを示唆され、これに従つて数名の知人から名義を借用して保険契約を締結させたため、その保険料を立替払いしなければならなくなり、その額も次第に多くなつて自己の収入や生活費からの流用では賄いきれなくなり、遂に同年九月サラ金業者アクトファイナンスから金一〇万円を借りるに至つたもので、その後はこの金利がかさんだり、又、昭和五七年五月ころ知人から金を貸してくれれば保険に加入してもよいなどと持ちかけられて、サラ金業者サンスイから金一五万円を借り受けて、これを同人に貸し与えたが、一向に返済されないことなどもあつて、徐々に負債額が増加し、本件破産に至つたものであること、抗告人は借り入れた金員は全て前記の保険料の立替払や金利等の支払いに充てたものであつて、浪費、遊興、賭博等のためには一切使用していないこと、抗告人は昭和一〇年生れの女性であつて、これといつた技能を身につけているわけでもなく、現在耳、腰等を悪くして働くことができず、将来もさほど多くの収入を期待できないこと、一家の収入は夫の給料月約一五万円のみで、これで夫婦二人と小学校六年の子供一人が生活しており、本件負債の返済は抗告人の生涯を通じて不可能であると思われること、抗告人は前記のとおり、自己の弁済能力を偽つた点が認められるが、その態様はサラ金業者から支払能力の点について尋ねられなかつたため敢て支払不能の事実を告げなかつたり、「他に借りているところはないか。」ときかれたとき「何店かある。」と答えたり、或いは、返答をあいまいにしたという消極的ないし受動的なものであるし、又、前記の夫名義で物品を購入したり保証をしたりした分は、販売業者から抗告人名義では販売できないから夫名義にするようにと言われて、やむなく夫に無断でその名前を使用したもので、販売業者も抗告人が夫名義を無断で使用したことは知つていたものであること、そして、これらの分については夫が既に支払済のもの(前記4の分)や、販売業者が夫名義を使用させた責任上クレジット会社に支払つているもの(前記1、2、3、5の分)もあつて、この夫名義の無断使用については、当時借財の返済に苦しんでいた抗告人の事情からすると同人をそれ程強く責めるわけにもいかない点もあること、本件免責申立てについては検察官及び免責の効力を受けるべき破産債権者から異議の申立てはなされていないこと、以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、抗告人の詐術の程度は軽微なものであつて、右認定のような諸般の事情を考慮すれば、本件においては、抗告人に対し、その経済的更生を容易にするため、裁量により免責を許可するのが相当である。

三よつて、本件免責を許可しなかつた原決定は相当でないから、これを取消し、抗告人に対し免責を許可することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官舟本信光 裁判官長濱忠次 裁判官井上繁規)

抗告の理由

一 原決定は免責不許可の理由として、破産法三六六条ノ九第二号に該当する事由があるとしているが、抗告人にはそのような事由はなく、仮に客観的にそのようにみられる事実があつたとしても、抗告人は当時、収入と支出のアンバランスの状態の中で債権者からの執ような督促のためにノイローゼに近い状態にあり、正常な判断力を欠いていたものであるから、右に該当する事由が存在するということはできない。

二 本件免責を許可しないのは、生存権や基本的人権を保障した憲法の規定に違反するものである。

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